2012.08.22

だいぶん経ってしまった。そしていきなり長い(笑)

昨日の友人の写真展の挨拶、最初からトップスピードの熱い内容で驚いた。
とにかく「これでやっていきます」と宣言してから進められる人は強いね。
自分は宣言した時点でつぶれる。決められないタイプだからね。
考えず手に残っていたものが本物…という後付タイプだ。

何年休んでいたかもわからないが、いろんな刺激があり、
今なら撮れるのでは…と最近けっこう長いこと思っているのだけれど、
踏ん切りがつかないというか、きっかけもないというのが正しいところ。
いい刺激にならないかな?とちょっと期待している。
それには、“予定のない時間”を作らないといけないので、
今の生活においてそれが最大級のネックなのだけど。

ニコンで開催中の二人の友人の展示のうちひとつが、
自分の中で
「気づいているけど写真で表現できないと考えていたもの」であったり
「一応撮ってみたけど、これどうすんだよ?」と自分の中で分類した
“なにものか”に近かった…というのは、いろんな意味で考えることだった。
家にある写真の不良在庫でなんかできんのかもね、という
とってもとっても淡い期待を持たせてもらった。
ま、あれは本人の才能によるところなので、私とは一線を隔すことも事実。
ただ単純に「あきらめていたこと」を目の前に提示されたというのは大きい。

ただ過去の自分が思っていた「写真の持つ流れ」に乗せようとして
封印していた部分?でも表現ができるんだよ、と突きつけられたような。
と同時に「流れ」を自分は男性的なものとして判断していて、
「流れ以外」はとても女性的で、
自分が隠し込んでいた部分とリンクするため
出すのが恥ずかしいと思っていた部分であることも
今ごろ突きつけられた(激遅)
なぜ女性的だと評価されそうなものを恥ずかしいと感じるかについては
知恵熱が出そうなので考えないことにしている(笑)

距離をとり時間が経ったからこそわかる、過去の自分を分析する今。

ちなみに距離をとらずしてわかっていた自己分析結果もあって、
明らかに3D>2Dである自分を“ようやく”認めた(笑)
○十年経ってるじゃないかw
木工の勉強は要らずしてDIYができると思う。
図面起こしなどは想像からほぼ一発完了。
伝説の(?)ローライパン(アイコン写真)も、
かくして想像から一発型紙起こし、ミス無し完成だったわけで。
絵(デッサン)の才能は、遺伝せず、
工業デザイン的なことのみに長けているようだ。
だから陶芸(代用としてのパン焼き)、
今は洋裁(製図)の勉強が気になって仕方がない。
VIVA☆英才教育。 写真には向かない!
過去から今まで適職でない!!(惜)

まぁそうは言えど、携帯写真でけっこう楽しんでいるのだけれどね。
Instagram最高w この気軽さが、必要だったんでしょうね~(他人事)
私の中では撮る事こそが重要であって、発表は別だったのだから、
同じようにまたとりあえず撮ればいいのさ。楽しくね(笑)

…というわけで、重い腰が上がるのはいつなんだろうかね。